ヨーゼフ・ボイス ハイパーテクストとしての芸術』内、平山敬二『シラー美学とボイスの思想』
この論文、「美」という語が何度もでてくる。ここで言う「美」ってどういう意味かと気になってたら以下の文。

広い意味で美的であるということが人間と社会の根本的な目的でなくてはならず、また人間と社会とをそのあるべきものへと、すなわち美的なものへと形成していくすべてのプロセスがいまや芸術として把握されてよいこと、そしてそのような視点が確立されないい限り現代の危機は決して克服されえないという根本的な認識であると言えるだろう。

そういうもんだろうか?とりあえず、ボイスにとって美的なものとは「人間と社会のあるべきもの」だと解る。ではボイスは、それらがどうあるべきだと考えたか?